徒然なるままにKeep

一橋大学に在籍していた男のブログ。勉学、教育、日常、おすすめサービスなど、幅広く書いていきます。

ゆたぼんを叩いている大人の正体【学校にいくこと】

人生は冒険や!学校には行かんでええ!

 

なにやらネット上の一部で、

「ゆたぼんチャンネル登録解除祭」などというものが開催されるだのなんだの。

これの賛否については少なくともここでは議論しない。

今回は、「学校にいくこと」について。

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(今日の体調があまり優れず、文章にあまり纏まりがないかもしれないが、ご容赦ください) 

 

おそらく、これを読んでいる人のほとんどは少なくとも小学校、中学校には行き、卒業をしたことだろう。

 

しかし、「学校に行くこと」自体には何の意味もないのだ。

何のために学校に行くのか。

 

これは、段階によって違いはあるが、

例えば、人とのかかわり方や、集団の中で生きていくことを学んだり、はたまた、将来に向けてのプランを得るためであると考えている。

学校に行くために学校に行くわけではなく、上記などの収穫を得るために行くのだ。

「いやいや、勉強をしに行くんですよ。小学生レベルの計算とかができなければ、日常生活に支障をきたしますよ」

という反論があるかもしれない。

確かに、学校にはそれなりの教え手がいて、勉強をする空間と時間が提供されている。

そういった意味では、学校は勉強をするのに丁度よい環境だ。

しかし、それは家庭と交換可能だ。

小中学校レベルの勉強を教えられる人は正直ごまんといるし、家庭教師だっている。

それに家庭のほうが学校より快適な環境であることのほうが多いのではないだろうか。

さらに、学校は集団授業がほとんどであり、教師が一人ひとりに気を遣うことができない。

子供のレベルに合わない授業は子供にとってほとんど意味がない。

したがって、勉強をしに学校に行く意味がないのだ。

(もちろん、高水準な中学などでは話が変わるかもしれない)

 

さて、ここまで学校は勉強はメインではない、ということを述べた。

そこで、メインだと考える、人とのかかわり方を学ぶことなどについてだが、これに関して言えば、そこまで深く考える必要はない。

学校以外に集団の中で多くの時間を過ごすという環境は学校以外にほとんどないだろう。

これだけで、社会性を身に付けるために学校に行くというのが納得できるのではないだろうか。

 

ここまでは、高校までの話だ。

 

 

大学は少し話が変わる。

社会性は高校までですでに身に付けているはずだ。

では何のために行くのか。

答えは、勉強をし、将来に役に立てるためだ。

 

大学で習う内容は高校までの内容と違い、レベルが高い。

これをきちんと教えられる人はそう多くはない。

大学教授はその道のプロフェッショナルであるから、ちょっと習っただけの素人同然の人とは全然違う。

だから、大学には勉強をしに行っている、といえる。

さらに大学の授業で用いる考え方は、人生でも役に立つものがしばしばある。

いずれにせよ、将来に向けての勉強をしているのだ。

 

 

ここで私が強調したいのは、大学卒業という資格を得るためだけに行くのは間違っているということだ。

大学が大衆化して、多くの人が大学に進学するようになった。

しかし、おそらく多くの人が勉強しに行っているというよりも、サークルであったり、合コンであったり、勉学とは関係のないことがメイン(というより勉強は眼中にない)のように思える。

というのも、多くの人が大学卒業という”資格”を欲しているからだ。

その資格を持っていれば、就職で有利に働く。

さらに、日本の大学は卒業が簡単なので、入学してしまえば、卒業が約束されているようなものだ。

これらの状況が相まって、今の学生の勉強へのモチベーションの低さにつながっている。

これはあまり健全だとは言えないだろう。

授業からは何も得ず、卒業という資格だけのために数百万もかけている。

制度的に怠けてしまうのも仕方がないのかもしれないが、その状況に甘え、怠惰に過ごしているのはただの浪費だ。

 

言いたいことは、これを見てくれた人やその子供らには、大学に勉強をしに通ってほしい、ということだ。

 

 

最後に、

ゆたぼんに「学校に行ったほうがいいぞ」みたいなことを言っている人のおそらく多くが、大学で酒の飲み方と異性とイチャコラすることしか学んでいないであろう状況は好ましくなかろう。