徒然なるままにKeep

一橋大学に在籍していた男のブログ。勉学、教育、日常、おすすめサービスなど、幅広く書いていきます。

夏休みの宿題の不必要性を説く

8月も下旬に差し掛かりつつある今日、暦の上ではすでに秋らしいが、まだまだ猛暑が続いている。

この時期といえば、夏休みが終わりに近づいているころだろう。

夏休みは普段できないことをする良い機会だし、家族がそろって一緒の時を長く過ごすことができる数少ない時期だ。

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しかし、学校に通っている子供にとって、夏休みは楽しいばかりではない。

気が遠くなるような量の宿題を消化しなければならない期間でもある。

毎日少しずつ消化している子供は問題ないだろうが、遊びを優先し、宿題に目を向けなかった子供にとっては、今の時期は地獄と化しているだろう。

 

ところで、夏休みには当たり前のように大量の宿題が出るわけだが、何の目的で課すのだろう。

先にも述べたように、夏休みは普段と違う非日常を満喫するのにうってつけの期間だ。

それを阻害するような宿題は悪でしかないのではなかろうか

おそらく、夏休みの宿題の目的は、約1か月間、勉強をせず、鈍ってしまうことを予防することであろう。(習慣としても、能力としても)

とすれば、その目的が果たされていなければ、夏休みの宿題は意味をなさない、無駄というわけだ。

 

平均的な公立の学校を考えよう。

生徒を勉強の出来栄えで下・上の2段階に分ける。

下の生徒たちはおそらく普段の授業や勉強に真剣に取り組んでいないのであろう。

学校によると思うが、テストは教科書や問題集の類題がでることがおおく、一通り勉強さえしていれば、そうひどいことにはならないはずだからだ。

そんな生徒たちが夏休みの宿題を課されたところで、真面目にするのだろうか。

模範解答を写したり、友達に写させてもらうのがオチなのではなかろうか。

少なくとも、今までほとんど勉強をせず遊んでいた子が、夏休みに入った瞬間生まれ変わったかのように勉強をする習慣がつくとは考えにくい。

よって、下の子供に夏休みの宿題は無意味である。

 

次に上の子供たちだ。

テストでそれなりの点数を取ることができている子供たちは、下の子らとは対照的に、少なくともテスト前には勉強をする習慣がついているはずだ。であれば、わざわざ強制的に宿題を課し、再度習慣づけをする必要はないのではなかろうか。

また、上の中でも勉強ができる子に特に言えることだが、簡単なドリルのようなものは本当に意味がない。

小6の子に九九の問題を解かせるようなものである。

夏休みの宿題は、今までの復習のような形で基礎的な問題集をやらされるだけで、できる子にとって、全く生産性のないものだ。

つまり、上の子供にとって、習慣づけの意味でも、能力的な意味でも、夏休みの宿題は意味をなさない。

 

したがって、少なくとも平均的な公立の学校の夏休みの宿題は、生徒らにとって何の意味のないものであって、教師の自己満足に過ぎない。

そんな自己満足のために、生徒たちの貴重な時間をつぶすのは言語道断である。

極端な話、勉強をする子は学校から強制されなくてもするし、しない子は強制されてもしない。

学校側はとりあえず課しておけばよいだろうという精神から脱する必要がある。

 

ただし、これもまた難しい話であって、仮に宿題を一切出さなくなったら、今度は一部の親がクレームをつけてくるだろう。

自分の家庭で勉強させればよいだけの話なのに、学校に任せきりで文句ばかりつけるクレーマー。

彼らが自分の愚かさに気づいてくれれば良いのだが……。