徒然なるままにKeep

日常の出来事を通して、役に立つかもしれない考え方を発信します

2次元を好む理由を大真面目に考察

乙倉ちゃんかわええwww

f:id:RinLinRein:20190809120703p:plain

なぜ乙倉ちゃんはこんなにもかわいいのか……ではなく、なぜ2次元は魅力的なのかを大真面目に考える。

 

たぶんそのへんのオタクに質問をすれば、

「デュフ、だって2次元かわいいし~デュフフ」

「だって3次元は劣化するけど、2次元は劣化しないじゃん(ニチャァとした笑み)」

という答えが返ってくるだろう

まあ間違ってはないと思うが、いまいち不十分な気もする。

他にも3次元の人間関係は面倒くさいが2次元はないからだとか、人間不信に陥ったからとか理由がありそうだが、、、

 

いろいろ考えていくうちに、1つの結論にたどり着いた。

2次元は「外側」と「内側」にギャップがないからだ、と。

順に説明しよう。

我々が他者を語るとき、特に物理的に身近ではない人を語るとき、我々は外部から与えられたその人の像でもって語る。

例えば、ある芸能人について語るとしよう。

その人はテレビで面白いし、役者としてもうまい。

そうすると、我々はその人に「良い人、人間的に優れた人」だという像を作ってしまう。現実にはどうしようもないダメ人間だったとしても、である。

そしてその「良い人像」が本性だと錯覚する。

さらに、その人が犯罪を起こそうものなら、だまされたような気分に陥る。もともと犯罪者気質だったとしても。

この「良い人像」が「外側」、もともとの犯罪者気質が「内側」である。

 

次に2次元のキャラクターを考えよう。

2次元のキャラはこの「外側」と「内側」が一致している。

我々は公式の設定や言動に基づいて「この子はヤンデレっぽい」とか「〇〇してそう」とか妄想=「外側づくり」をするわけだ。

しかし、この「外側」が否定されることはない。

なぜなら、現実にはその子は存在しないからだ。

つまり、「外側」を否定することはなく、むしろそれが公式設定であるかのように認知、受容されていく。

すなわち、「外側」が「内側」を作っていき、そこには当然ギャップはない。

 

まとめると、「外側」と「内側」の一致(裏切られない)、そして自分の理想をそのまま「現実」にすることができる点で、3次元より2次元のほうが勝っているため、3次元に魅力を感じないのではないだろうか。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村